看護師から会社役員に転身するが、大赤字で倒産寸前となり借金を背負い込む。経営知識の乏しさを猛反省し懸命に勉強して再起にかける。
2017年11月27日 (月) | 編集 |

有料老人ホームから面接結果の電話が入った。


そこは、今はパートを募集していて正職員は足りていたはずだ。


だから、「パートですね。私も最初はパートの方が良いかと思ったり、


色々と迷っていたのですが…。」と伝えると、そうではないと言う。


「是非、入職をお願いしたい…。」という話だった。


しかも、勤務の形態は、私自身の望む働き方で良いということだった。


社長から私たちの会社が生き残る道は事業再生しかないと言われたので、


パートで週4~5日の方が、役員の仕事も出来るという考え方もある。


でも、内心はパートよりも正職員の福利厚生が良いし、遣り甲斐を


感じると考えていたので、別の職場を探した方が良いかと悩んでいた。


しかし、私の性格からすると正職員になると熱が入りすぎて、とことん


頑張ってやりすぎることが分かっていたので、ものすごく迷っていた。


施設の内情もよく分からない、自分の会社の未来も分からない状況で、


色々と葛藤や迷いがある。


でも、私は何事も中途半端に働くのは嫌なんだよね。


パートならきっちり何時から何時までと決まっていて割り切り的な働き方


になってしまう。


正職員ならば、早く出勤して片付けたいことがあれば、さっさと出来る。


パートなら、なぜパートなのにそんなに早く出てきてあれこれやってるの?


と他のパートさんとの関係性が悪くなることもある。


時間給で動いて時間が経ったら、どんなことをしても切り上げる。


とにかく、割り切れ、割り切れって感じがあるのよね。


実際に自分が正職員で働いていた時に、アルバイト看護師の割り切りや、


責任感の違いに悶々としたことがある。


可能ならば、正職員になり老年看護・施設介護・日本の介護制度を学んで、


施設看護を通して社会に貢献したいと思っている。


だけど、自分の会社はものすごく大変な状況だ。そこが、問題なんだ。


会社再建のために、自分の経費を減らして働きに出るというなら、


正職員で働いてしまうと、いざという時に、動けないかも知れない。


あっちも、こっちも本気でやってしまうと、どこかでつぶれそうだ。


私は数日前から老年看護技術や介護保険制度などの勉強も始めている。


これが、結構面白くて、意外にも学校で習ったこともよく覚えていた。


どうせなら、とことん取り組んでみたいという気持ちがある。


利用者とその家族との良好な関係を築いて、そこで働く他職種のスタッフ、


他科の病院や行政と、協力し合いながら包括的な支援を提供できたら、


仕事に張り合いが出来て楽しいだろうなって考えた。


仕事は自分の取り組み方でいくらでも、面白く出来る気がする。


施設のホームページも施設長が忙しくて、半年以上も更新していない。


このホームページだって、施設の行事や利用者さんの日常をもっと


書いて、遠方の子や孫に知らせて安心させることも出来る。


私なら、さっさっと写真を撮影して、文章を書いて施設アピールにも


協力できるのになあって思った。


まあ、そこは私の仕事ではないかも知れないけど、仕事を楽しくする


アイディアは次々と浮かんでくる。


これから、自分の親も、将来は自分だってお世話になるかも知れない。


だから、その現場をしっかり見たい。


それに、もしかしたら、自分たちの会社だって、将来、施設経営をやる


ことだって視野に入れても良いかも知れない。


まあ、こんなことは、まだまだ先の先で、今は地道に足元を固める


のが優先だが、私が他の業種に関わることはマイナスではない。


経理や総務の仕事はパソコンで週1やっても、追いつかないことはない。


しかも、今は新採用がないので、総務の仕事も暇だ。


社長には弥生会計や弥生給与のうち、弥生会計を覚えてもらえばよい。


だから、私が正職員で働いても問題はないと思う。


問題よりも、経費が削減できるし、良いことの方が大きいと思う。


だけど、多分、社長が心理的に嫌なんだろうね。


社長は自分で気が付いていないと思うが、心理的に私に依存していると


思う。そんなことを本人に言ったら怒るだろうが、絶対にそうだ。


私としては、施設は利用者さんの最期のすみかで、見取りまで関わる


ことになるので、生半可にはやりたくないと考えたのだ。


それに、正職員になった方が、自分自身の生活も支えられる。


65歳まで働いて、年金も社会保険料も退職金制度もあるし、自分の


根っこがしっかり張れて、生活の心配がなくなる。


今、この私の困窮した生活のせいで、正常な判断が出来なくなったり、


心配と後悔で辛い日々を送るのは、もうそろそろ終わりにしたいのだ。


とにかく、食べたい食事も食べられず、お洒落もできず、本も買えない、


生きることも難しいくらい貧困を味わうと、ろくなことを考えなくなる。


やはり、最低限の生活を維持できて、人に迷惑をかけない暮らしが


できないと、人間として良い思考が出来なくなるんだよ。


後悔、心配、社長への恨み節、そのうち人に対する羨望や嫉妬心が現れる


かも知れない。


それって、人としては完全に終わっていると思ってしまう。


事業再生には何年もかかるのに、私の役員報酬は当てにできない。


私の役員報酬分で他の業者の支払いが出来る。


時間軸を追って、何年で再生できるか考えて行っても、建設業には


突然の工事の遅れ、相手方の会社の倒産、未払い、何でもありの世界だ。


それでは、生活の破綻をまねき、家族にも心配をかけることになる。


もう、自分の母親が元気で生きている間に、再生できない可能性もある。


何と言ったって、年老いた親に対して恩が返せない自分が一番きつい。


私にとって一番大切なのは、社長でもなければ、社長との経営でもない。


私のことを心から心配してくれる母親や子や孫が一番大切な家族だ。


その家族に何もしてやれないとか、会えないとか、それは本当に辛い。


社長は経営における同志、友達、せいぜい、その程度のものなんだ。


最近は被害的な感情が芽生えて、社長は私の背中に重い荷物を背負わせる


人にしか見えなくなっている。


社長は、社長自身の両親や娘や孫を大切にしていけば良い。


現実、社長は自分の親や家族には重い荷物を背負わせたりしない。


私は私の家族に迷惑をかけない、心配かけない、それが一番重要だ。


社長は私が会社を退職して、外部役員となるのは本当は嫌なのだ。


だけど、私は2年4か月で建設業の地獄を味わった。


そして、建設業に絶対に安心というのはないことを学習したんだ。


社長の見通しの甘さのために、大きな負担を負って苦しんだ。


だから、社長の言葉を信じて、いつでも辞められるアルバイト看護師に


なるのは強烈に怖い。


何よりも、貧乏が怖い、未来の貧困老人にはなりたくないのだ。


自分自身の生活を破綻させてしまったら、ブラック役員になる。


そうなってしまう方が、余程、会社のためにはならない。


だから、もしも、正職員として優遇されるなら施設で精一杯に働き、貢献


したいと考えている。


施設看護は初めてだけど、自分自身にはそれが出来るとも思っている。


高齢者や障碍者や弱い立場の人を支える看護が出来たら、遣り甲斐を


感じられるし、その経験は自分の成長につながる。


病院と違って、入退院が少なく、利用者さんの最期を看取るまで


関わっていくので、ホームを1つの大きな在宅(自宅)と考えて、


その中に看護師や介護士という頼れる存在が居て、安心して暮らせる。


そんな老人ホームのイメージが私の中にある。


多分、入居している高齢者もその家族も同じ思いだと思う。



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